進行性の難病筋ジストロフィーとともに生きること

1992年12月28日に誕生しました。しばらくして、筋ジストロフィーという進行性の難病であることが判明しました。筋ジストロフィーにはいくつかの型があって、僕はデュシャンヌ型筋ジストロフィーです。

普通学校しか考えてなかった

筋ジストロフィーという難病により筋肉が徐々に落ちて行くことがわかっていましたが、特別支援学校に通うことなく、通常の学校に通うことになりました。

小学3年生で車椅子に乗り始める。学校に階段昇降機を用意してもらいました。4年生で電動車椅子に乗り始め、車椅子で乗れる車を購入しました。それと同時期ぐらいに支援員という形で介助者が付くようになりました。

中学にもそのまま順調に入学しました。筋肉もだいぶ減ってきて腕をあげることが困難になっていました。健常の生徒と違って運動量が圧倒的に少なく、冬は寒くて足にしもやけができてしまいました。友達も何人かいて自宅で集まってゲームをしていました。

最も過酷だった高校生活

どうしても普通の高校に通いたいと思い、高校受験をしました。まあ地元にあるそれほど頭のいい高校ではなかったので、高校に入学してからは病状もだいぶ進行していき、体幹、呼吸機能の衰え、風邪を引く、体重の激減、最も過酷な時期でした。

風邪の病み上がりの絶望的な大学受験

大学受験は一般入試では体力面、学力面で少し難しかったので、推薦入試を受けることに。風邪の病み上がりにセンター試験を受験することになる。想定していた点を取ることができていなかったので、不合格を確信する。推薦入試はセンター試験と面接試験のみで、面接試験で何としても合格するため、面接の練習だけに集中した。合格発表の時期が来た。合格だった。母は号泣した。情報工学科の大学生になり、障害のある学生の支援をする団体に所属しました。支援を受けつつ、支援団体の一員として活動することを選びました。

大学を卒業できたという幸運


デュシャンヌ型筋ジストロフィーで大学を卒業している人はほとんどいないと思います。市や学校、両親の理解があってここまで十分な学校生活を送ることができたのです。子供が病気であることを受け入れることができない、世間体を気にして外出させないなど、周囲に理解されず、引きこもってしまうってことはよくあることだと思う。障害者も積極的に出て行ける世の中であればいいんだけど。そのために進んでいくしかない。障害者が積極的に出て行ける世の中にすべく日々頑張っています。

【イベント振り返り】あなたの貴重なお話聞かせてください

先日、告知していましたYouTube Liveによる生放送イベントは見送ることにしました。

【イベント告知】あなたの貴重なお話聞かせてください

「障害のある僕らだからできるこ…

理由としては参加者が少なかったということと1時間以上継続して安定した生放送を提供できないという2つがありました。とりあえずは、パソコンを買い換えてから次回の生放送イベントに向けて準備を進めようと思います。まだ決心つかなくて、パソコンを買い換えることができません(笑)

LINE上で「頑張った」「大変だった」などのささいな体験を共有することができました。そのほか、お金や時間の制限がなければ「やりたい」ことについても少し話しをしました。

部活について

タイヤキ 「ささいな体験、例えばなんだろうな。そういえば、囲碁部に入ってました。」

A 「ささいな体験うちは文芸部でしたー 部活そのものに出たことが高校までそんなになくてちゃんと部活を出れたことが貴重でした」

タイヤキ 「部活にいけてなかったんだね。それはしらなかったなあ。」

チェゾック 「俺も高校の部活(サッカー部マネージャー)でやっとちゃんとできたので、いい体験だったなぁと思います」

C 「自分は13年一筋パソコン部でした。」

タイヤキ 「パソコン部長い笑 囲碁部にはすごい強い先輩がいて5段とか言ってた」

A 「中学パソコン部でしたけどぼぼユーレイでした笑」

タイヤキ 「そうだね、僕もパソコン部のとき割と幽霊部員だったかもしれない」

D 「僕は科学部でしたが、部自体がほぼ機能してませんでした。」

E 「僕は車椅子サッカー部に入ってますよ。」

タイヤキ 「車椅子サッカー懐かしい、ちょっとやってたなあ」

F 「僕は写真部でした。」

スポーツについて

ここから部活の細かい話が始まると思っていたものの、話題は部活、運動部、スポーツという流れになりました。

A 「やりたいことで言うたら 運動部入りたかったかもです 野球というかソフト?的な方向に」

タイヤキ 「そりゃあそうかもね。そういや、車椅子サッカーは運動部なの(笑)??」

チェゾック 「野球かサッカーはやりたかったですねぇ(元サッカー部マネ)」

A 「体育の授業でソフトやったんですけど打てたんですよ(笑) サッカーもやってましたけどキーパーのみで授業で でもあたし以外みんな健常だから 拾って味方に投げようと姿勢かえてるあいだに ゴール決められて チ───(´-ω-`)───ンって感じなことが多かったです だから多分スポーツ好きなはずなんで」

タイヤキ 「授業でドッジボールのときはどうだった 僕は一応、参加してたんですけど」

A 「基本危ないから外でしたな」

チェゾック 「授業でドッジボール⁉ 小学校時代はガチ参加でしたねぇ、ローカルルール作って。」

タイヤキ 「僕はまあ当たったら痛いぐらい? ローカルルールって例えば?」

チェゾック 「まぁ、地元限定じゃないので厳密に言えば”ローカル”ではないんですが…😅 (健常者が)俺にボールを投げるときは1m以上離れない、肘から上は動かさない かな~確か」

タイヤキ 「ガチだった・・・」

チェゾック 「あとアウトラインは膝から上のみ」

タイヤキ 「やっぱりガチだった・・・」

チェゾック 「あと俺がボールを持ったら、センターラインに(最低)1人残る」

A 「なるほど」

チェゾック 「(私はほぼジョーカーでしたwww)」

A 「なんか楽しそー(笑)」

タイヤキ 「え?謎ルールwww」

チェゾック 「ほら、俺投げても飛ばないからw」

タイヤキ 「www」

チェゾック 「”届く範囲に居てね”って話です」

A 「あれなぞですよね 私もボール飛ばない 座ってるからなんですかね?」

タイヤキ 「膝のバネとか?」

A 「バウンドしながらじゃないと飛ばない ポテポテしたかんじでしか わかりやすくいうと 運動神経悪い芸人の投げたあとみたいな」

タイヤキ 「腕の振りが足りない?腰の力とかも?」

A 「なんですかね? あと力加減がわかんないとか?」

C 「ドッジボールとかバスケットボールなら、自分は、友達に車椅子を押してもらってプレイしたくらいですかね…。」

A 「いいですねー 操作してもらって 運動ってあんまないですー」

C 「いつもの倍の加速が出る(笑)」

タイヤキ 「こわい」

A 「あ、わかります(笑) 加速怖いですよね(笑)なんか」

C 「たまーに横転したりしますね。大事になったことはないですが

タイヤキ 「ひゃあああ」

A 「あと車椅子同士だと幅とか距離感とかはかんなきゃ ある意味危ない(中学三年くらいに何回か体験授業で支援学校で体育とか出たんでなんとなくわかります)」

C 「分かる…。車間距離?今でもよく間違えますもん」

A 「なんか車椅子だと後ろとか見づらいから余計わかりづらいですよねぇ」

E 「僕は学校でも家のウッドデッキでも参加してました。友達に車椅子を押して逃げてもらったり腕を持ってくれて一緒にボールをなげてもってもらったりしてましたよ。」

A 「距離感」

C 「後ね、首疲れる」

A 「おー」

タイヤキ 「私は車椅子絡みのスポーツで楽しかったのは小学生までですな」

A 「あー!わかります 首 向き方悩みますもん(笑)」

タイヤキ 「家のウッドデッキ???ウッドデッキでかくない(笑)?」

A 「小学生のころ ケイドロやるんですけど… 途中までに押してくれてた人に見捨てられてよく捕まってました」

タイヤキ 「あちゃあ」

A 「(笑)でもわあわあ言ってて 楽しかった記憶があります ほいって あと頑張って」

タイヤキ 「えええ!?」

チェゾック 「www」

A 「かんじで必死に逃げてました」

E 「そんなには大きくないですよ 小学生の頃はよくやってましたね」

A 「そうなんですか? ウッドデッキって大きいイメージが」

タイヤキ 「今度、ウッドデッキ見にいこうかな〜w」

C 「自分は中学までかなぁ。 高校の時の体育の先生がいわゆる熱血系なわりにいまいちな人で合わなかったんですよ…性格が(笑)」

A 「あーそういう先生いますよねー ウッドデッキってどんなんですけ?→今更ですみません(笑)」

タイヤキ 「バルコニー?ベランダの大きいやつ?」

C 「お前オフサイドの審判な!(⚽) …ほぼ見学と自主練習みたいな位置にいるのにフィールドの戦況なんか見えるかーい!みたいな感じで1年体育。泣けてきます。」

E 「よく友達が遊びに来てくれたので狭いなりに遊んでました。」

住まいについて

タイヤキ 「そういえばおかねがあるなら、家がほしいですね。」

A 「マイホーム? まいほーむーーーー 誰でも、気軽に集まれる大きめの」

チェゾック 「それ、豪邸ですw」

タイヤキ 「www」

A 「でも電動車椅子とかだとやっぱり大きめの家になりますよねー イメージ的に」

タイヤキ 「(僕の居住スペースは2割くらい)」

E 「僕はエレベーターのある家が欲しいですw

タイヤキ 「平屋でいいのでは?」

A 「私は低めなキッチン欲しいな(笑) 背、チビやし 平屋って部屋いっぱいあるイメージ(笑)」

タイヤキ 「http://www.lixil.co.jp/products/kitchen/welllife/index.html こんなのいいと思う 値段www」

A 「確かにいいですけど値段が笑うしかない でもこういうのあるんですねー初耳でした」

C 「たっかw」

まとめ

2時間ほど話した結果いろいろと体験談を聞くことができました。次のイベント開催に向けて準備を進めておこうと思います。

自分の家を持って自立 それが僕の「夢」

施設での生活

僕は1ヶ月に1回、4日間程度ショートステイを利用しています。病院なので、看護が必要な人に対して看護師さんが少ないというのは分かりきっている入れ替わり立ち替わりします。そこにいる看護師全員に同じように介助してもらうことは難しいのです。そのような状況にあると精神的によくないので、必然的に体調は悪くなってしまいますね。もちろん、看護師全員に同じように介助してもらえるように徹底することは可能であると思いますが、1ヶ月に1回程度ではそう上手くいくはずがありませんよね。

落ち着くのは

結局、家で過ごすのが一番落ち着きますよね。家で、と言っても自宅なんですけどね。普段の介助は基本的に母親にお願いしている状態です。ヘルパーを利用するのは本当に必要な時だけなんですよね。これでは、落ち着きはあっても自由がありません。僕に足りないのは自由。自由に、いつでも外出がしたいときには外出、仕事をするときは仕事。

人生の目標、夢

自分の家を持って家族以外の力を借りて自立して、仕事をして、納税することを人生の目標としたい。落ち着きのある自由な生活を手に入れるにはその目標を達成するしかないと思っています。

それが僕の「夢」